ある晩夏のこと。我々蝉は暑すぎるのは苦手なのだが、私も同じように暑さで疲れ、とあるご飯屋の前で仰向けになってぐったりとしていた。
ふとご飯屋の自動ドアが開く。冷気を感じ、今かもしれない!と店内へ飛びこむ。すると進行方向にずんぐりむっくりとした、いかにも囲碁インストラクターとかしていそうな男が立っていた。
その男は私が飛んできたのを怖がり、身をかがめて避けようとした。
「ふむ、こいつ、私より格下か。面白い」
そう思った私は、男に気付かれないように男の背に張り付いた。所詮格下の男。特に気付くことも無く、何事も無いように歩いていく。
数分歩いた男は、人間どもが「スーパーマーケット」と呼ぶ商店に入っていった。しばらくは普通に買い物をしていたが、どうやら他の買い物客の視線や、
「ねえ、あれ怖い~」
「言ってあげた方がいいのかな?」
「やだ怖い~」
といったやり取りに気づいたようだ。何やらそわそわと背中を気にする素振りを見せ出した。シャツをちょっと引っ張ったり揺らしたりしてきたが、そう簡単には離れてやらない。
少しすると男は私を引き離すのを諦めたようだ。やはり素手でつかむような勇気はないと見える。腰抜け男め。
男は何やら何度も同じところをグルグルし始めた。私が離れるのを待つことにしたようだ。そうしているうち、レジの店員も気づいてざわざわし出した。
さすがにこうなるとこの男以外の誰かが私に危害を加えかねない。ふむ。もう少し楽しみたかったが潮時か。
最後に一際大きな羽音を出して飛び立つ。男のビビった姿が可笑しい。男にとっては恐怖体験だろうが、短い蝉の一生の中では少し面白い一日になった。ヘタレ男ではあったが、一応感謝しておくことにして筆を置く。
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