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私は今日も芝を刈る。
この広い植物園を縦横無尽に駆け巡り、というといささか誇張気味だが、黙々と芝を刈るのが私の仕事だ。
疲れたらちょうど私の体が収まるくらいの小さな小屋に戻って休む。動くエネルギーが回復すればまた芝を刈る。
それが私の仕事だ。私は今日も芝を刈る。
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弘前城と岩木山を堪能した私。少し歩くと甲冑とか殿様の格好とかの着付け体験ができる施設を発見する。着てみてもいいけど、甲冑とかは重そうだなぁ・・・
とりあえず施設に入ってみるものの、平日だけあって人は少なく、着付け体験の場所には受付の人すらいない。
呼べばいいんだろうけど、わざわざ呼んでまでやりたくはない。
結局スルーしてトイレだけ借りる。土産物も眺めてみるが、城といえば、の扇子がない。どうも最近扇子のある城が少ない気がする。もしかして職人さんが減っているのだろうか。それとも需要が無いのか・・・囲碁業界にもそのうち影響があるかもしれない。
さて、次はどこへ向かうか、とりあえず、チケットを買った植物園に行ってみよう。植物に興味はあんまりないが・・・まあ、たまには良かろう。
植物園に入ると、城まわりよりさらに人が少ない。平日とはいえ城に来る人はそこそこいたが、植物園はほぼ貸切に近い状態である。
植物園、というから何か小さめのものを想像していたが、実際は巨大な庭園であった。下手したら新宿御苑くらいの広さはあるのではなかろうか。
歩き疲れていたので、とりあえず近くにあった英国庭園風のパラソルの下の椅子に腰かけて一休みする。
風が心地よく、誰も居ない中一人自然の中にたたずむ。かなり良い時間である。このまま1時間くらいはぼーっとしようと思えばできそうだ。
まああんまりじっとしていても仕方ないので、なんとなく体力の回復を感じたくらいでゆっくり動き出す。
植物は多種多彩で、新宿御苑よりも見どころは多そうだ。とはいえ植物に疎い私は、ふうん、とかへぇ、といった感想しか持てない。若い頃は何の興味も無かったが、今は見ている分には楽しい。が、あまり知識を深めようという欲はない。
草花の匂いも好きなのだが、何の匂いとかは分からない。まあ、それでいいと思っている自分がいるのも事実だ。
そうこうしていると、広い芝生の場所に出た。よく見ると、見慣れない何かが動いている。あれは何だろうか。
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私は今日も芝を刈る。
いつものように芝を刈っていると、見慣れない男がこちらをもの珍しそうに見ている。この仕事をしているとそうした輩は珍しくない。
馬鹿な人間だと私に触れようとしたり進路を邪魔しようとしたりする。
仕事の邪魔なので園に「さわらないで」という掲示をしているくらいである。
この見慣れない男もそうなのだろうか。
無視して仕事をしていると、近寄ってきて私の姿をスマホで撮ろうとしている。遠巻きなので仕事の邪魔をする気はないようだ。邪魔さえしなければ勝手にするといい。
私は芝を刈る。庭園の端にさしかかり、私は小刻みに進路を変える。芝のエリアを判別し、外には出ないように仕事をするのだ。
外に出ないように大きく向きを変え、私は再び芝を刈る。
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独りでに動く謎の物体、もしかしてあれが植物園に入る時にあった注意書きにあった、「AI掃除機」というやつか。
動きが何ともかわいらしい。ゆっくり前に進んで芝刈りをしているらしい。写真を撮ろうとするが、シャッターチャンスを待っていると離れて行ってしまう。
動いてるところが面白いので動画の方がいいかなぁ。
滅多に使わない動画モードの準備をして進路を邪魔しないように近寄る。
庭園の端まで行くと小刻みに向きを変えている。ある程度近くまで来たので動画を撮り始めると、ちょうど大きく向きを変えてこちら側へ近寄ってきた。おお、いい感じ。
進行方向には木があるけど、避けるのかな・・・?
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庭園の中に向かって芝を刈る。
見慣れぬ男はスマホを構えこちらに向けている。特に恥ずかしくはない。私は仕事をするだけだ。私はとにかく前へ進んで芝を刈る。
ひたすら前方の芝を刈る。
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まっすぐ進む掃除機。このまま進むと木にぶつかりそう。どうする?どうするの?
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私はひたすら前方の
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「コーン」
ふふっ。小気味良い木と機械の衝突音に思わず笑う。木、避けないのね、AI。木に当たるとまた向きを変えて進みだした。良い動画が撮れたなぁ笑
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木に当たった。男が笑っている。ふん。
私はまた向きを変えて芝を刈る。
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植物園の働きものに癒され、別れを惜しみつつ私もまた歩き出すのだった。
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