山形旅行記その2~山形のスター~

山形に無事着いた私。まず最初にやることは。

そう、アレですよね。駅ビルトイレチェック~!!!


・・・いや待て、そもそも駅ビルあるのかな・・・?

な~んか車窓からの景色は佐賀と大差ない規模感なのよね・・・そして佐賀には駅ビルと呼べるものは無い(笑)

ということで不安を抱えつつ改札を出ると・・・すぐ向かいに駅ビルの入り口が!やったね!

トイレは地味ながらまずまずの綺麗さ。田舎特有の落書きとかも無くて良き。


トイレを済ませて駅ビルを眺めると、5階建てで小さいながら本屋もあってとっても充実している。とりあえず本屋で情報収集しに行ったのだけれども、なんか地元の本みたいなのあんま無い。

あるにはあるけどブラタモリ的な山形地理の本しかなくて、地元グルメ本みたいなのは皆無。あとなんとなくレイアウトが独特で、個人的には少しまわりにくい本屋なのが残念ポイントだった・・・


気を取り直して他の店を眺めると、お土産のお店がかなり充実している。米沢のあの駅の感じを思えば、お土産はここで買うのがベストかな。

一旦駅ビルを出て、すぐそばにある観光案内所でMAPをゲット。

とりあえず目的地、山形城方面に向かいます。MAPを見ると霞城公園って書いてある。霞城・・・?あんま聞いたことない呼び方だなあ。少なくとも信長の野望には出てこないような。まあでもこれが山形城だよね。

外に出るとバス乗り場が。なんか見覚えある景色。・・・あ!バス旅で見たかも!割とバス旅の舞台によく登場するのよね、山形。


とりあえずバスはスルーして歩き出す。

駅から割とすぐだと思っていたけど、意外と距離がある。1キロはあるんじゃないかな・・・

道中はそんなにお店は多くない。でも歩道の幅が広くて歩きやすい。田舎ってこれくらいの幅なのよね。佐賀みを感じる。


城の門に到着するも天守は見えず。あー、そういう感じか・・・なんかちょっとした遺構があって、後は公園みたいな感じが続く。

色々案内を読んでいくと、山形城の石垣は江戸時代のものらしい。霞城という名前も江戸時代についた別名らしい。そりゃ知らんな。

戦国時代、最上氏の時の遺構は無さそう。うーん、残念(*_*)まあ、そもそも現存する遺構がかなり貴重なわけで、こういうところの方が多いからね。しょうがないよね。ありがたみを感じよう。

天守があったであろう場所の付近まで進むと、この先は冬場は入れないとの記述。入れてラッキー。天守付近は小高い丘になっていて草花が綺麗。残念ながら歩道以外の立ち入りはできないが、散歩には良いところかも。

よく見ると発掘調査をやっている。案内を読むと最近ついに戦国時代のものが少し見つかったとのこと。今後に期待したい。


正直ちょっとがっかりしつつ公園を後にする(笑)

すぐ近くに最上義光(もがみよしあき)歴史館みたいなのがあったのでそちらに行ってみる。歴史館の前の池の噴水が斜めにドバーっと勢いよく出てて好み。

そんなに大きくはない歴史館なのだが、どうでもいい資料が少なくて楽しかった。しかも入館無料。かなりのお得感。


最上義光は信長の野望ファンならお馴染みの全パラメーターが高い優秀な武将。特に権謀術数に長けた智将というイメージがある。しかし歴史館では、お父さんと温泉に入ってたら野盗に襲われたけど、一人で撃退して野盗を壊滅させたという武力に長けたエピソードも。

灌漑の整備も義光の時代に行われ、現代の米どころ、山形の根幹を築いたすごい人。という紹介や、義光は元々義明という名前だったけど、同じ名前の偉いさんがいて紛らわしいので義光という表記になったとか、色々興味深いエピソードや資料がありましたよ。

なんだか地元のスターみたいな感じに紹介されていて、ちょっと嬉しかったですね。割とあくどい武将というイメージがあるので・・・(^-^;

あくどいエピソードはあまり紹介されていなかったり、悪いこともしてるけどみんな同じようなことやってるんや!みたいな紹介だったので、その辺りを包み隠さず紹介するコーナーがあっても面白いかもなあ。


城の分を取り返してホクホクした気持ちになって歴史館を出ると・・・

なんだかすごく・・・

腹が・・・減った・・・


ということで次回へ続く。

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