たまには真面目な話を。
誰が言ったか、「東京砂漠」
言い得て妙な表現です。どこを見ても同じようなチェーン店ばかりな光景は、私もずっと続く砂漠のような感じがして好きではありません。趣味の散歩をする街はだいたいそうした店がなるべく少ないところが多いです。
昨今、SNS(ソーシャルネットワークサービス)の流行は全盛を誇っています。流行初期の頃は私が大学に入ったころくらいでしたか。
「mixi」という招待制のサービスが流行っていて、友達同士でネット上でコミュニティを作り、日記を書いたりしてそれに互いにコメントをする、というようなものでした。まだその頃は可愛げがあったものだと思います。
今では「twitter」や「instagram」が流行の中心です。一言コメントや写真を載せて注目を集め、「いいね」やコメントをもらうことに喜びを覚えるというか。まあ私は両方ともやっていないので実際は少し違うのかもしれませんが、そんな印象を受けています。
そんなSNSですが、近年では著名人の利用者も増え、テレビのワイドショー等でのコメントもすぐにSNSに取り上げられてあれやこれや言われるようになりました。それが過熱してきて、今やちょっとしたことでもすぐに大きな言い争いになることがしばしば。という状態になっています。
正直なところ私にはそうしたネット上での言葉を戦わせるやりとりが実に不快であり、目に余ります。
特に私が今危惧しているのは、何かにつけて芸能人などのコメントに批判、批評をしては「これが一番正しい考え方」というようなものを決めたがるような風潮です。
それの何が問題かというと、私のようにSNSをあまりやらない人間でも、「指原の~~というコメントに称賛」とか「桜田大臣の~~というコメントに非難」とかそういうネットニュースは目に入ってきてしまいます。それによってどうしても潜在意識に「これは正しい」「これは違う」というような考え方が刷り込まれてしまうことです。
自然、何となく世間一般としての「正しい考え方」みたいなものが固まってきて、みんな同じような考えが正しいんだと思ってしまう。そう、これって、はたから見れば思想の砂漠を見ているかのよう。いわば「思想のチェーン店化」が発生してしまうのではないかと思っているのです。怖いです。
余談ですが、大衆がスマホばかり眺めて延々言葉を戦わせるだけのこと自体にも抵抗を感じます。話が大きくなってしまいますが、もっと農業とか何かを産み出す価値のあることをしていかないと、人類は滅びていくのではないかなと感じてしまうのです。
そんなわけで何も産み出さない、作物の育たない「SNS砂漠」に固執していく世の中に警鐘を鳴らしておきました。
そんな私は囲碁を教えるだけで何も産み出していないのは内緒です(-_-;)
0コメント